掌に眠る

24歳。24!?出会ってから7年経っている。毎年毎年書いているけど、大人になったなあと新鮮にびっくりする。
 
最後に書いたブログの内容から、特に変わらない毎日。もう一年近く経つのに、いまでも信じられていない自分がいる。ガラガラと崩れ落ちた崖の上、ひとりで立っているような気さえしてくる。いまも美 少年と過ごした夢のような日々をスノードームにとじこめて、ひっくり返してはこぼれ落ちてくるキラキラに涙するような、そんな時間を過ごしている。
それでも日々は地続きで、私の生活はつづくし、きみの生活は私なんかよりもきっと目まぐるしくつづいているのだろう。私がこうして心の庭を守って鍵をかけたように、きみにもそういう瞬間があったのかもしれない。成すべき道を、憧れから振り落とされないよう、道標から目を離さないように。
 
でもね、たまにふと思う。きみはアイドルである以前に、ただひとりの人間。だからこそ、忘れないでほしいなと思う。その細いようででも逞しくすばやく動く足でどこにでも行けるし、様々の学びを得てきた頭でいろんな道を考えることができる。沢山の人に出会って環境ごとに色とりどり変わっていくその心で、きみだけの幸せを選び取ることができる。
だから、何度でも言ってしまうけれど、もう「何者にもなれない」なんて言わないでね。アイドルとして選び抜いた言葉だったとしても、あのときはきみにとっての最善の心で、救いを求めるような言葉だったとしても。それを紡いだきみのことを想うだけで胸が痛くなる。

でも、それでも伝えたいことがある。きみは、きみの意思で、何者にもなれる。こんなのどうしようもないエゴで、勝手な願いだ。でも、そんなきみを好きになって、信じたいと思ってついてきたんだよ。
exシアターで少しぎこちなく手を振って帽子をかぶるその姿に、メルパルクで涙を流して鼻を赤くしながら空を飛ぶ姿に、新橋円舞場で声を枯らしながらも物語にのめり込む姿に、帝国劇場で星を見上げるみたいに二階席を望む姿に、横浜アリーナで大切な人たちと肩を組みながら優しく笑って歌ったその姿に。
すべてが過去で、もう戻らないとしても。過去に縋っていると笑われたとしても。私がきみに、きみたちにもらった目には見えないものたちは、きっと現在進行形の未来で何かを通してふたたび出会うだろう。そしてそれはきみにとってもそうだと思う。きみは間違いなく、あの子たちの輪のなかで大きくなって、与えられた、分け合った細胞たちが、いまもきみの中で生きているはずだ。新しい仲間たちと肩を並べて突き進むそのからだの活力になるはずだ。

何が言いたいのか、わからなくなってきてしまったけど。(いつものことですね。)結局は、今まであの子たちときみとで築いてきた目に見えないものはきみにとってもずっと残り続けて、きみが進む道のよすがになる。だから安心して選んでいいんだよ、何者にもなれると手放しに信じていいんだよ、ということだ。だって頑張って頑張って頑張り続けてもなお、頑張る人はかっこいいって言えるようなきみなんだから。好きになって6年半、点と点をつなぐように見てきた私は、今でもきみが、何者にもなれるんだと信じているよ。
新しい環境でも、また泣きたくなるくらい優しく笑って「こんなに沢山アイドルがいる中で、僕を見つけてくれてありがとう」と言ってくれる日を、身勝手に待ち続ける。
 
 
キラキラな衣裳を着てステージに立ち、客席からの好きも憧れも、もしかしたら憎しみや悲しみも、いろんな心が混ざった視線を一身に浴びる。それでも平等にペンライトはひかり瞬き、青い海を作り出す。たまに想像する。そこから見える景色はどんななんだろう?いつか、いつかもっと大きな舞台の上で会えたとき、教えてほしい。夢を掴んだ掌をひらいて、どんな光を手にしたのか、見せてほしい。
 
いっとう大切なきみへ。24歳のお誕生日おめでとう。きみがちょっと迷惑するくらい大きな、溺れちゃうくらい沢山の愛が降りそそぐ場所にいてください。どうか、どうか光のところにいて。いつまでもきみのことを信じてるよ。

やさしさよ降り注げ

2025年1月5日、初めて足を踏み入れた有明アリーナ。たくさんのアイドルがそれぞれの色でかがやきを放つ中、降り注ぐ無数の紙吹雪の隙間に、ひときわちかちかと光るきみを見つける。
数字で表せばたぶん数十メートルくらいの距離、双眼鏡にふちどられた中で笑う大好きな人は永遠のように遠くて。ああ、まぶしいな。きみが変わらず光っている、ただその事実だけで涙が出そうだった。

連番のお友達と、落下物ここまで来ないかな?無理でしょ、なんて笑って話していたら、最後の曲の本当に最後の最後、ひらひらと数枚の紙吹雪が降ってきた。まさか本当に届くなんて思っていなくて、とっさに手を伸ばした。
ゆらゆらと漂いながら不安定な速度で降ってきたひとひらの紙吹雪は、私が広げた両の手のひらの上にぽとりと落ちた。照明に透かすと、綺麗な青色。それを見たお友達が笑って言ってくれた。運命だね、と。
やわらかい、すべすべとした花びらみたいな青い紙吹雪は、きみがいつも手渡してくれるやさしさのようで。偶然だとわかっていても必然のように感じてしまって、またうわごとのように繰り返す。運命だ、と。



那須くん、23歳のお誕生日おめでとうございます!あなたがこの世界に生まれ落ちたかけがえのない日を、またこうしてお祝いできることがとてもうれしいです。本当におめでとう。




突然だけどね、わたしは那須くんのやさしいところが本当に大好きなんですね。(本当に突然)

前回上げた、那須くんを好きになった日のブログは毎年那須くんの好きなところを書いていたのだけどこの前は書けなかったから、今日書けたらいいなと思っていて。

いつもやさしいなって思っているしたくさんつぶやいてもいるけど、今日は手紙を綴るようなつもりで、那須くんの好きなところを書きます。




大好きなきみへ、改めて、23歳のお誕生日おめでとうございます。ちょうど1年前から今日まで、22歳のきみはどんなふうに過ごしてきましたか?いちファンの私が思い返すだけでも、色々なことがあったなと思います。
改修前の帝国劇場での最後のパフォーマンス、3度目の単独アリーナツアー、メンバーとの主演舞台に、金沢でのチャリティーライブ、帰ってきたEXシアター、殆ど初めての映画出演。1年間で100回以上のステージに立って、きっときみにとっては怒涛の毎日だったんじゃないかと思います。たくさん姿を見せてくれてありがとう。

そんな中でも、悲しいこと、苦しいこともあったのかもしれない。いろいろな出来事があって、そのたびきみのことを考えて、勝手にふくらませた想像の中を勝手に泳いでは勝手にかなしみにおぼれたりもした。

でも、覆い尽くすかなしみの中に、苦しみの隙間に、きみのやさしさを垣間見ては大切にしたいなと思う1年間でした。


ずっと近くにいて慕ってきた大好きな先輩が新たな道に進むとき、「おれにとって特別な人だから」と、寂しいって素直な気持ちとともに全力で背中を押すような言葉を書くところ。ともにグラウンドに立ったあの日の思い出をずっとずっと大事にして、それを伝えたところ。本当にきみはやさしくて、愛を持ったひとだなと改めて思ったよ。

弟のようにかわいがって大切にしてきたメンバーが、別の道を選んだことを6人全員で私たちに報告してくれたとき。ずっと安定したやわらかな口調で、時折笑みを見せながら場を和ませたり雰囲気をあたたかにしてくれていたね。ああ、やさしいなってまた思った。でもそんなやさしいきみが、少しだけ言葉を詰まらせて、それから心に結んだりぼんを解くみたいに「6人の美 少年が、好きだった」と小さく言った瞬間ぐらりと揺らいだ空気を、きっと私はずっと忘れられないと思う。6人の美 少年がたまらなく大好きで、この上なく大切だったね。

報告の動画が上がって少し時間が経ってから書いてくれたブログ。正直ね、読むのが怖かった。きみがどんな言葉で宝物のふたをそっと閉めてしまうのか、それを知ることすら怖くて怖くてたまらなかった。
でも。いつも通りの挨拶から始まり、「伝えたいことが沢山ある」「構えずに読んでくれたらうれしいな」といちばん最初に綴ってくれていて。見透かされている。そう思って、少し笑ってしまった。本当にかなわないな、きみには。

きみらしい丁寧で整然とした、それでいてあたたかな言葉をひとつひとつ結んで編んで、きちんと並べてくれた文章。たくさん想いを書いてくれたさなか、もう表で6人でパフォーマンスすることはないけど、と書いたあと「きついな」と痛くなるほどまっすぐ、素直に紡いでくれたこと、うれしかったよ。おれも寂しくてたまらないよ、みんなと同じだよって、また隣に座って、目を合わせてお話してくれているみたいな感覚になって。
贈られた手紙を抱きしめるような気持ちで何度も読み返した。きみは宝物のふたを閉めてなどいなかった。
宝物の日々はつづいていて、そしてそこにきみもあの子も私たちもいるんだね。気づかされて、またきみのやさしさをひとつもらってしまった。



それなのに、やさしさをたくさんもらったのに、靄がかかったように、ずっと不安な気持ちが続いていた。これは私だけじゃなくてたくさんの人が今も抱いていると思うし、もしかしたらきみもそうなのかもしれないね。
もらってばかりいるのにわたしの手の中はすかすかで、なんにも渡せていないことを痛いほど思い知らされる。ただのいちファンだとわかっていても、こんなにたくさんもらって、隣に座ってお話してくれるみたいなやさしさを、どうやって返せばいいのだろう。きみがかなしいとき、私はどうしたらいいんだろう。やるせなくて悔しくて、無駄なことだとわかっていても考えてしまうんだ。

どうしてきみは、こんなにやさしいの?なにも返せないのに、どうして、どうして。


きみにやさしくしたかった。どうしたらきみにやさしさを返せるのか、ずっと考えていた日々でした。





2025年の幕開け、髪を暗く染めてステージに立ったきみ。久しぶりに見た気がするつややかな黒髪はなんだか顔立ちを幼くさせて、好きになったばかりの頃のあどけないきみを思い出した。華麗に着こなす見慣れたはずの白いタキシードは、今も変わらず眩しい。何度も見つめてきた、伸びた背筋、張った肩にきみの覚悟を知る。


実体のない不安が、得体の知れないかなしみが押し寄せていたはずだった、いや確かに胸の中にあったのに、気がつけば青いペンライトを灯し、夢中になってきみを追いかけた。

シンプルな黒い衣装でありったけの色香と含みある哀愁や諦観を見せつけてきた女王蜂や、センステのど真ん中、つめたい空気を纏ってステージを掌握していたMOLA、龍我くんとシンメでぎらぎらとかっこよく歌い上げたFire bird、高く高く噴き上がる水の柱よりももっとはるか上を見上げて音に嵌って乗って歌い踊った閃光のようなichiban。情熱の限り、踊り狂うようなプリマヴェラでは大好きな首のクイック、あそこにきみがいるとすぐにわかった。
降り注いだ紙吹雪の隙間、にこにこと笑うきみは、いちばん光っていた。私のとびきりの一番星。見つけられなかったらどうしようなんて、思っていた自分がばからしかったな。そんなことを考えて見つめていたら、手のひらにふわりと降ってきた紙吹雪。きみに大丈夫だよって言われたみたいで、またやさしさをもらったみたいで、泣きそうになって。



あの日降ってきた青い紙吹雪を、今も大切に持っている。きみのやさしさを大切にするみたいに、これからも。
やさしさとは、努力の証だと知っている。だから私は、努めてやさしく向き合ってくれるきみに、まっすぐ向き合って、やさしくしたい。できているのかはわからない。私はやさしくない細胞で構成されているから、難しいかもしれない。どうしたら伝わるのかも、答えは出ていない。
でもきみには、きみだけには、やさしく在ることをあきらめたくないな。初日公演の帰り道、青い紙吹雪を大切にかばんの中に仕舞って、そんなふうに思ったよ。



客席に向かってやさしく笑って、やさしく手を振っていたきみ。青くまたたくペンライトに、思い思いのうちわひとつひとつに、やさしく丁寧に応えてくれたね。

でも、やさしさは努力だから、もし、きみがもしも誰かにやさしくできないとき、きみがきみ自身にやさしくなれないとき、かなしみに打ちのめされそうなとき、灯りを消した部屋の隅っこで泣き出しそうなとき。私が持っているこのひとひらの紙吹雪みたいなやさしさをお返ししたい。なけなしの、ちっぽけで小さくて、きみにとってはなんの意味もないのかもしれないけれど。
でも、それでいい。エゴかもしれないけど、頑張ってやさしく在りたい。きみに向けるためって努めた先に、きみときみの大切な人にも、私の大切な人にも、やさしくできるように頑張りたい。
きみのあたたかな手のひらに、やさしさを手渡せる日まで、ずっと見つめているよ。信じているよ。




舞台の上で生きて、生き続けて朽ちて、なんて言わない。
ただ、きみの指先がこれでもかというくらいやさしく客席に差し伸べられる刹那、その伸びた背筋につばさを見る束の間、その瞳が希望を据えて、滲んだ涙に夢を含んで瞬くあいだ。
あの日きみが走り抜けたステージにひらひらと舞った淡い桜色の花びらのように、きみが歌って踊ってはためくその衣裳の端に縫い付けられたスパンコールのように。やわらかくあたたかな、きらきらと光る紙吹雪が、きみの頭上に降り続きますように。

限りないほどのたくさんのやさしさが、スーパーキラキラアイドルを突き進むきみの花道に、きみが生き抜いてゆく人生に。とこしえに降り注ぎますように。ずっと祈っているよ。


那須雄登くん、23歳のお誕生日おめでとう。いつもありがとう。だいすきだよ。あいしてる!

星をあげる

無数の想いが積み上げられた場所に独りで立つあの子は、さみしくないだろうか。向けられた刃の鋭い切っ先に怯え、泣いていないだろうか。
あの子の柔らかで、あたたかい心を守りたい。 冷たく無機質な悪意の雨に打たれないよう、傘を差し出せたら。暗い海を泳いでいくための道標となる灯台みたいな、光を渡せたら。

星をあげたい。世界で一番きらめく、大きな光る星を。
そんなことをずっと、ずっと考えていた。



今日は最愛のひと、那須雄登くんの22歳のお誕生日! はたちを迎えたのがつい最近のことのようだし21歳のお誕生日はあれ、昨日??と思ってしまうほど、時の流れを早く感じる。(毎年言ってるね)

21歳の那須くんはやっぱりとってもかっこよくて、昨日より今日の方が好きで、きっと明日はもっと好きだろうなあと思う日々だった。それは那須くんが自らの力で輝こうと、光ろうとしていたからだと思う。

那須くんの光は簡単にほどけることなく、刺繍のようにあの影に縫い付けられている。その光は、好きになってからずっと見つめてきたからこそわかるところもきっとあるはずで。

私は那須くんの自信家なところが好きだ。
決してでしゃばったりやりすぎたりはしないけど、新しい場所でいつも自信に満ちた顔でステージに立ち、ぴんと張った背筋、くらくらするほど眩しい大きな背中。その自信は、きっと勝手に湧いてくるものではなくて那須くん自身の努力に裏付けられたものだと思っている。こうやって決めつけるように人柄について書くのは本当は避けたいのだけど、那須くんは真面目で目標や夢まで前だけ向いてこつこつ頑張れる人で、その過程が座標みたいにつながってぜんぶ彼の輝きにそそがれているのだと、そしてそれが周りから得る信頼や花束のように向けられる愛に結びついているのだと、ずっとそう思っている。



でももしもその自信をすべて削られてしまったとしたら。もういいや、とあきらめてしまったら。
光を失って、星を追いかけなくなる日がすぐそこに来ているのだとしたら。

そんな不安を手にとる日がこんな近い未来に来るなんて、思っていなくて。

あの頃は、いちばん大切な人が四方八方から傷つけられているのを見ているのが本当につらくて、ここからいなくなってしまうかもしれないって怖くて怖くて仕方がなくて、おびえながらスマホを覗いては安堵と恐怖を繰り返していた。食事も最低限とれるかどうか、毎晩眠れず、それでも規則正しくやってくる朝を迎えては何度も涙をたたえながら仕事をした。
(今思うと本当に重すぎてやばい)
支えにしない、していない、つもりだったのに。ひとりで立てているつもりだったのに。こんなにもぐらついてしまうなんて、情けなくてまた泣いて。


でも。不思議なもので、涙に滲めば、もらったものがより鮮明に見えてくる。私の生活の中に、那須くんがくれたものが降り積もっていることを改めて知る日々。

たまたま入ったお店の有線で那須くんが好きと言っていた曲が流れて、当たり前みたいに那須くんを想う。仕事中いつも手にするのは那須くんがお気に入りと言っていた0.38mmの細いボールペン。なにか見ようと配信サービスを開けば那須くんが好きと言っていたドラマや映画がリストに入っていて、本棚には那須くんが読んでいた本が並ぶ。自然と増えていった青い小物、真似してそろえて買った指輪に香水。那須くんや美 少年を通して出会えた、綺麗なもの、楽しいことを分け合えるお友だち。お守りみたいに呟くくせがついた「大丈夫」って言葉。お気に入りの写真立てに入れて飾った、くしゃりと笑い皺が猫みたいにかわいくて大好きな、大好きな那須くんの笑顔。

生活の中に、心の奥底に。降り積もったたくさんのものをなにひとつ、手離したいだなんて思えなかった。



私はずっと、"信じる"ってなんだろう、とずきずき痛むように思っていた。好きだった人たちがアイドルをやめる経験を何度もしたからこそ、「信じてるよ」なんて、道を狭めるだけのエゴになってしまうかもしれないって思って言えなかった。でも、私は那須くんを信じたい。これから先のあなたを信じるって、強くそう思った。
それから、ずっと自分本位で身勝手な感情だと思っていたのに、守りたいなと思った。もたれかかり支えてもらって、依存だと言われてしまえば否定できないような私でも、大切なあの子を守りたい。「大丈夫」のひとかけらになりたい。
好きになってから何度も私の心をすくい、大丈夫にしてくれた那須くんを、今度は私が大丈夫にしたかった。

依存だと言われれば確かにそうなのかもしれない。 でも、どれだけ自分に問うても、想う温度は一向に冷めなかった。


信じたいな、大丈夫って伝えられたらな、と思っていた時、本人の言葉をやっと聞くことができた。人目につかないよう必死に声を殺して泣いて、言葉のひとつひとつを飲み込んだあの日を忘れない。

那須くんの書いた文章の中に、「傷つけて」という言葉があった。ああ、そうか。私は傷ついていたのか。
「傷つけて」という言葉を額面通り受け取ったわけではない。那須くんに傷つけられた、って振りかざすように言いたいわけじゃない。
でも本人に言われて、初めて気づいた。那須くんを大切に想う心ごと、傷ついていたんだな。


これは邪推だし見せたくない部分かもしれないけど、きっと那須くんだってぼろぼろで立っているのがやっとかもしれない。でも次の舞台はすぐそこで待っている。

私に何ができるのかな、と考えた。でも答えなんて、ずっとひとつしかない。あなたがこの船を降りないのなら、私もこの船を降りない。何度だって見つけ出してみせる。そうして、また「見つけてくれてありがとう」って笑ってくれる日を待ちたいんだ。
美談にしたいわけではない。でも想って泣いて眠れなかったあの日々も、この傷も痛みも、消えない私の一部だと思いたい。幸せでうれしかった思い出だけじゃなく、このかなしみも全部を抱えて生きて愛していたい。こうして言葉にすれば重たすぎる足枷みたいだけれど、かなしみの中にこそ光はあると知っている。私はその光を自分で選んだ。


そして、もしも那須くんが光を失いかけているのだとしたら、暗くてなんにも見えない道を歩いているのだとしたら。星をあげたい。あの子が望んでいたような、一番眩しくて、永遠に光る星を。
星を渡して、あなたの手のひらはこの光をつかめるって、そう伝えたかった。



そんな想いを身体いっぱいに詰め込んで、8月、東京ドームに足を運んだ。それぞれの色を持ち光るアイドルたちの中で、ひときわ光る姿を見つけだす。

ステージの周りが湖みたいに青く光がゆらめいて、その真ん中で、これでもかというくらいやさしい顔で手を振る那須くんがいた。ああ、よく知っている。手のひらを開いたとき中指と薬指がくっつく癖。変わらない癖が今更、とめどなく愛おしくなる。思わずぼろぼろ泣き出した私の背中を、隣にいた友だちが支えてくれた。

暗く染められた髪はライトに照らされ青を帯びた色に光る。どこか控えめなようで、でも確かな熱を含んだ瞳がきらりと瞬く。

星だ、と思った。私が渡す必要などないくらい、やさしくぼんやりと、でも強く光っていた。ふと、青く光る星はいちばん熱く燃える星だから那須くんにぴったりだねなんて話したことを思い出す。何万ものペンライトが織りなす光に負けない青い星が、そこにいた。


ずっと、ずっと滲んだ視界で見つめていた。ステージの上から手を振って「ありがとう」と何度も繰り返し言っているのがわかって、私に向けられたものじゃないのに、また心にかけた錠前を開けてもらうような気持ちになる。那須くんのふわりと下がる目尻を見ると、いつもほっと胸があたたかくなる。出会ったときからなにも変わらない、当たり前みたいに手渡され受け取ってきた、あの子のやさしさ。

星をあげたかった。それなのに、私はまた那須くんからもらって、抱えて帰った。



感情が整理できなくて抜け殻みたいになっていたまま、次の日、変わらない笑顔でテレビに映っている那須くんを見つめた。
番組の中で、「あ」から始まるとにかく大きなものを連想するとき、「アンタレス」と書いていた。ぴんときていない様子の共演者のみなさんに対し、まっすぐに「星です!」と言った。
聞き慣れた星の名前に、都合よく、運命だと思った。

大好きな、人生のバイブルの中にその星のことが描かれている。生き延びるために逃げ、結局井戸に落ちてしまい、こんなふうに死んでしまうのならばなぜこの命をくれてやれなかったろう、と嘆くさそりの話。
さそりは水の中で、祈る。「神さま、どうかこの次には、まことのみんなの幸のためにこの命をお使いください」。そう願ったさそりは星になって、さそり座の真ん中、"アンタレス"という赤い星になって今でも燃えているという。


私は那須くんに誰かの幸せを願うよりも先に、自分の幸せをつかむ人でいてほしい。誰かのカムパネルラにも、さそりにもなってほしくない。
でも、那須くんは10代の大切でかけがえのない年月も、多感だったはずの心も、20代になってからの自由で楽しい時間も、ぜんぶ失ったとは言わないけどきっとたくさん選んで置いてきて、自分自身を切り取り燃料にしてアイドルという星として光っている。自分のためだけじゃなく、応援している"誰か"のために今でもずっと燃えている。

そんなこと、とっくにわかっていたはずなのに。画面の中で綺麗に笑って星の名前を言った那須くんに、また気づかされた。
東京ドームでもらった星が、胸のなかでちかちかと瞬いているような気がした。



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お、おもて~~~~。重すぎる。
内容的に仕方がないのですが、お誕生日に贈るべき言葉ではきっとないなと反省しつつ、少し胸がすいている自分もいる。あの時のこと、傷や痛みだって言い切ってしまえたことに。
でもそれもずっとそばに置いて生きていきたいって思えるくらい、私はあなたを愛している、ということで。つまるところはね、結局そういうことを書き記しておきたかったんです。

最後に、少し前に読んだ小説の一節のお話をして終わります。(最長記録ですこのブログ)

星をあげる。いつだったかそんなことを考えていた。きらめく星を差し出せる男になる。そう思っていた俺は、ちっともわかっていなかった。星を受け取っていたのは、いつだって俺のほうだった。

星をくれてありがとう。 あとで、そう伝えよう。

幼いころ、主人公に思いを寄せていた男の子は、主人公の持っていた星のヘアピンを盗み "もっといい星を渡してみせる" と思っていた。でも、大人になって再会してやっと気づく。もらっていたのは自分の方だと。
あまりにも重なりすぎて、読んだ時にはらはらと涙が溢れた。気づかされたこのタイミングで、手のひらにぽとりと落とされたような言葉。

私も、忘れかけていた。いや、ちっともわかっていなかった。
那須くんを好きになってから今まで、どんな時でも。いつだって星をもらっていたのは、受け取っていたのは、私のほうだ。



どれだけ好きでどれだけ想っていても、私はきっと那須くんにとっての何者にもなれない。無数のペンライトの光のなかにただ佇むことしかできない。那須くんが望んだいちばん眩しくて永遠に光る、美しい星を渡せない。私はいつももらってばかりいるのだから。

でも那須くんがくれた星はいつだって私の中で燃えて、ぼんやり光っている。いつか、もらった星をぜんぶお返しできたらいい。それまでちゃんと綺麗な箱に仕舞って、大切にリボンをかけておく。いつかリボンをほどいて手渡せたらいいな。そして、星をくれてありがとうって、伝えたい。




那須雄登くん。星をくれて、ありがとう。
アイドルでいてくれてありがとう。光ってくれていてありがとう。

22歳のお誕生日おめでとうございます。あいしてる!

きみはきっと大丈夫


帝国劇場に立つ那須くんは特別に光って見える。身体の内側から光を放つようにきらめくその姿は、まるで燃えているみたいだ。

こんなにも特別に思うのは、初めて那須くんに会えたのがこの場所だったからかもしれない。外の光を含んできらきらゆらめくステンドグラス、何度も踏み締めたワインレッドの絨毯、ふかふかで落ち着く椅子に、それぞれの想いを持ち寄った観客たち。どきどき、そわそわした甘い空気がちょっぴりこそばゆい、そんな気持ちにさせるこの場所が好きだ。

たくさんのライトを集めて浴びてそれでも負けないくらいに光り輝く那須くんがとびきり特別な存在で、そして、とびきり眩しい。



1月16日、カレンダーに書いた21個の星マーク。何度この日をむかえても愛おしさがとめどなく溢れる。だいすきな人、憧れの人。最愛の人のお誕生日。

那須くん、21歳のお誕生日おめでとう。ちょうど1年前、はたち!?成人!?!?とびっくりしていたのもあっという間に時間は過ぎて、那須くんはまたひとつ年を重ねて大きくなった。


20歳といえばやっぱり節目の年齢であり大人になったと目にわかる数字だからなのか、私は20歳の那須くんを見ながら幼い頃の那須くんを思い出すことがとても多かった。

懐古と言えるほど昔の話ではないのに。出会ったとき、小さく華奢に見えた肩は少しこわばっているように感じたし、この子は色々な人やものに警戒心を持っているのかなとぼんやり思っていた。そしてたぶんそれは、間違いではなかった。
少し前に更新された動画で、「あの頃は全方位に尖ってた」と話していたね。それを周りの子たちも当然知っていて、そんなこともあったねなんて今じゃ笑い飛ばせることなんだろう。それでも私は、まだ出会っていなかったそのころの那須くんを思って胸がちくちくと痛んだ。

グループができたばかりのときの話を初めて聞いたときはかわいらしいなぁと笑っていたけど、まだ世間について右も左もわからないような年齢の小さな子どもが、異質な事務所の暗黙のルールみたいなものを理解してグループを守るために小さな手で大切に大切に繋ぎとめようとしていたこと。
笑うことなんて、もうできなくて。小さな手を、華奢だった肩を思って、心が押しつぶされそうになる。
好きになったときにはまだ持っていなかった怯えに似た感覚を今さら知ったのは、那須くんが大人になったからなのか、自分が歳を重ねたからなのか、わからないけれど。



でも、出会ったばかりのときのきりっとした目つきやひやりとしたオーラをちゃんと残したまま、那須くんはすっかり大きくなった。
大人になった那須くんは、ふんわりと、これでもかってくらいやさしい顔で笑う。その笑顔には「尖ってる」なんて言葉は似合わない、あたたかさがある。
大切なものを繋ぎとめようとしていた手も大きくなって、時には隣のメンバーの背中を支え、時には客席の隅々にまでぶんぶんと頼もしく振られるようになった。

まだまだ幼かったはずの心に自分で火をつけて、燃やして燃やして燃やし尽くして過去を燃料にして今でもずっと光り続けていることが、痛いくらいに愛おしくて。本当にやさしく、そして愛おしいって瞳で客席を見ているその時間が、途方もなく嬉しくて。

尖ってた、なんて言われた、那須くんは強くてやさしい大人になった。






大人になると自由が増えるけど、そのぶん世界が暗く見えることも多くなる。

これは本当に勝手な想像でしかないけど、那須くんは自身の弱さや影の部分をこちら側に見せないように努めてくれてるのかなと思っている。もしかしたらそんなことはないのかもしれないしこうやって想像されるのも不本意かもしれない。(ごめんね)
でも、理不尽な憶測や真っ赤な嘘が溢れた世界で生きる大好きな人を、心配せずにはいられなくて。こうして紡いで綴って願ってしまう。届くことはきっとない、なんてちっぽけな、取るに足らない私の言葉。

それでも、届かなくても。大好きだから、だから那須くんがくれた魔法の言葉をお返ししたい。那須くんだけに贈りたい。
大丈夫だよ、って。



まだ寒さも残っていた昨年の春、曇り空だったあの日、那須くんが私たちの手のひらに渡してくれた星のかけらみたいにぼんやり光るあたたかい言葉。「ぜったいまた会えるから、大丈夫だよ。」

コンサートが終わって、次の日の仕事に備えるため早々に会場を後にし走って乗り込んだ新幹線の窓際で。ひと息ついてから、それから何度も心でとなえた。本当に魔法みたいだったんだ。

大丈夫、大丈夫。また会えるから。大丈夫だよ。





昨年読んだ本で、海外の映画に出てくる男の子に憧れた子どものお話があった。そのお話は常に第三者視点から語られ、主人公は「きみ」と呼ばれる。

小さな町に住んでいる「きみ」は中学生で、まだ世界を知らないこどもだ。「きみ」は好きな映画に出てくる遠い土地に住む「かれ」のことを、想い続ける。家族に「こういうのがタイプなんだ」「外国人と付き合いたいの?」と笑われても、同級生に映画のチラシを取られてからかわれても、想うことをやめなかった。

最初は、「きみ」は名前なのかと思い、読んでいる途中で「君」なのかとも思った。でも、このお話の最後はこう締めくくられていた。

きみはこれから大人になる。胸いっぱいに抱えている憧れはたくさんのちいさなかけらになって散らばっていき、これから進む道のあらゆるところで、きみはふたたびそれらに出会うだろう。

きみがもうすこし成長してから手にする香水瓶に、かけらはある。動物園の七面鳥の羽の下に。はじめておとずれた大きな街の書店の棚のあいだに。偶然耳にするピアノの音とともに。
きみが手にするパスポートにはさまっている。降り立った遠い国の土の上に。濃い青色の空と地平線と、かわいた風の中に。

いつか綴りはじめるきみ自身の物語の一行目にも、憧れのかけらはひそんでいる。大切な、いとしいきみを、そこで静かに、じっと待っている。だからそう、今みたいに顔を上げて。
深く息を吸って、ゆっくりと吐いて。きみはきっと、だいじょうぶ。


読み終えて、ああこのお話の「きみ」は、「君」であり、「私」なんだと思った。読者が持つ憧れのかけらを思い出させてくれるような物語。

私も、那須くんのおかげでたくさんの憧れのかけらに出会った。好きになってからずっと、那須くんは私の憧れの人だから。
青色のかばんや小物に、お洋服に、職場で使っている那須くんがおすすめと言っていたボールペンに。たくさんの茄子料理に那須くんに会うために訪れた土地に、会場の客席に。憧れのかけらはひそんでいたんだよ。

そして那須くんもきっと、幼い頃からの憧れのかけらをたくさん拾い集めて歩いてきたんだろう。憧れの大きな背中を追いかけて生きてきたのだろう。

授業を終えてレッスンに走る銀杏並木に、青いボールペンで綴ったノートの切れ端に。
幾度となく袖を通した学ランに。たくさんのスパンコールと拘りが縫い付けられた衣装に。憧れの人にプレゼントしてもらった宝物のスーツに。
シアタークリエに、EXシアターに、帝国劇場に。
那須くんの憧れのかけらはひそんでいたのだろう。

そして今度はそれが、まだ単独では立ったことのないステージに、スタジアムに、東京ドームに、国立競技場に。まだ手にしたことがないデビュー曲のCDに。ひそんでいるんだろう。憧れのかけらはきっと那須くんに会えるのを楽しみに、静かに待ってくれているのだろう。

だから、大丈夫だよ。











…と、毎度のことながら重た〜〜くて長〜〜い文章になってしまいました。笑 まあね自己満ポエムだからね!(ほんとすみません)

あらためて、那須くん。那須雄登くん。本当に、本当にいつもありがとう。あなたは私の大切な人です。改めて書くと照れくさいけど(←こんな長いポエム書いてるのに!?)だいすきだし愛してます。


今年は公演ごとなくなってしまったから会うことは叶わなかったけど、元気でいてくれたらいいな。また絶対会えるから大丈夫だよね。
21歳もすこやかに、どうか楽しく笑って過ごせる日々でありますように。もっともっとスーパーキラキラアイドルを極めてたくさんの人に光を届けられる一年でありますように。

美 少年が一緒に笑っていられる日々が少しでも長く、できることならずっと続けばいいなと願っています。
そして私も、那須くんが、美 少年が描いた未来を点ではなく線で、見守ることができたらいいなと祈っています。






いつも、どんな舞台のどんな客席に座っても自然と視界に入る。かちりと音を立てて世界のピントが合う。とらえた瞳が、心が揺れる。きっとこれからも憧れのかけらを拾い集めて、想い続ける。

私のちっぽけな感情も言葉も、きっと那須くんには届かない。届かなくて良い。でも、魔法の言葉をとなえて想いをこめたペンライトの光だけでも、届いてくれたらいい。


本当に、どれだけ言葉を尽くしても足りないくらい、いつも感謝しています。お誕生日おめでとう。どんな舞台に立ってもその度に光って燃える那須くんを、今日も想うよ。
きみはきっと、大丈夫。

光のよすが

(いつものことだけど暗いです、本当にお誕生日に更新するブログなの!?)(すみません)

那須くんの20歳のお誕生日、とってもとってもおめでたくてなるべく綺麗な言葉を贈りたいのにどうも言葉が詰まって出てこなくて。あれ、おかしいな。こんなはずじゃないのに。


思えばちょうど少年たちが終わったころ、び〜の怒涛のお仕事ラッシュが落ち着いた反動からなのか自分が仕事に慣れてきたからなのか体調をどっと崩して初めて会社を早退した。そこから年末にかけて時間も心も余裕がなくて、気づけば那須くんのことをぜんぜん追えなくなっていた。
変わらず好きなつもりだけど、あんなにいつも雑誌の発売や出演するテレビを楽しみにして毎日頑張ってたのにな、あのころと同じくらい好きでいられてないのかな、と悲しくなった。こんなふうに、知らない間に通り過ぎていくように、終わってしまうのかななんてこの感情の行き先のことまで考えていた。






あっという間に年末年始のお休みが終わって、仕事が始まって。これからまた毎日5時起きか〜…なんて考えながら身支度を整えて外に出る。
まだ薄暗い寒い朝の、つめたく澄んだ、落ち着く空気。この感じ、なんだか知っている気がする。
イヤホンをはめて自分の世界に閉じこもって、シャッフルで音楽を流せば、教えてもらわなければきっと知ろうともしなかった音が鳴る。


はっとした。
那須くんの、つめたいのにおだやかで澄んでいて、ほっとするような空気を纏っているところが好きだと思っていたこと。
憂鬱な通勤電車の中でイヤホンをはめれば、那須くんが好きだと言っていた音楽が私を守ってくれたこと。ひっそりとした、私だけの安らぎの時間。



ちゃんと考えてみればすぐにわかるのに。自分でも知らなかった。私は那須くんがくれたものを抱きかかえて、想って、暮らしてきた。

通っているネイルサロンのお姉さんに「やっぱり青がいちばん似合いますね」と言われて、すごくすごく嬉しかったこと。青は特別な色だから。
本棚でひときわ光る、那須くんが教えてくれた小説。時折読み返しては心を落ち着ける存在になった。
知らないうちに身についた、背筋を伸ばす癖。何度も見つめたあのぴんと張った背中を、どうして思い出さなかったんだろう。


変わったけれど、変わらない。想うかたちが変わっても、たとえ思い出さなくても、必死に追いかけなくても、那須くんがくれたものが降り積もって日常に溶けこんでいた。
当たり前すぎて、そんなことに気づきもしなかった。





一度ふたを開ければ弾けて溢れて止まらない。
夏、ステージの光を目一杯浴びて光ってる那須くんを見て、好きな小説のある場面を思い出していたんだっけ。

応援している俳優がいる主人公に対して"この歳になって芸能人を追っかけるのは擬似恋愛的な感じなのか"と嫌味な言葉をかけた人に、主人公が「疑似恋愛とかそういうんじゃなくて」「星みたいなものなんですよね」と返す。ああこれが答えだなと思ったんだ。
そして、那須くんが言った言葉を思い出さずにはいられなかった。

「美 少年として描く未来は…巨大な光になること。一番眩しくて、永遠に光る星みたいに。」




那須くんは、私にとって星みたいなものなのだ。どこにいるのかわからなくても、雲でかすんで見えなくても、何光年も先、遠くで光ってる存在。一番眩しくて、永遠に光る星。

どれだけ遠い場所にいても、見失ってしまっても、いつか本当に追いかけなくなる日が来ても。
私の知らないところで、ずっときらきらと光っているんだろう。誰かの希望を、未来を、照らし続けているんだろう。









「人生の目標はただ一つ。アイドルの頂点を極めることです。他の夢はありません」
そう言い切った那須くんの夢がぜんぶ、本当にぜんぶ!ひとつも余すことなく叶いますように。

「幕があいた瞬間は…うれしいとか楽しいよりも『あったかいな』って感覚で幸せでした」
久しぶりに会えたことを、涙が出るくらいやさしくってあったかい言葉で私たちに伝えてくれる那須くんが、陽のあたる場所にいられますように。

「5人の精神的な支えになりたい」「5人の笑顔を守りたい」
結成から今まで、変わらずにグループを守りつづけようと努力する那須くんが、5人を支えて、支えられて、たくさん笑わせて、笑って、箱庭みたいな大切すぎる場所を守れますように。







20歳。何かとできることも増えて、そして区切りの年齢でもあるのかな。大切な大切な10代の時間を、たくさん共有してくれてありがとう。


光がたくさん降る場所にいられますように。選択肢に溢れた人生を送れますように。





那須雄登くん、20歳のお誕生日おめでとうございます。
大好きです。

玉結び


那須くんの、時間の流れや季節の移ろいを大切にしているところが好きだ。夜更けに屋上に出てお気に入りの音楽を聴きリラックスする時間のこと、暑い季節になれば思い出す「夏の匂いが好き」という話、冷たい空気とその匂いから冬の訪れを感じ「散歩とかしたくなる」と伝えてくれたブログ、毎日朝早くに起きてぼーっとコーヒーを飲む習慣のこと。
落ち着かない日々の中で、仕事に学業に忙しい那須くんの時間はせわしないのかと思えば、それは少し違って。那須くんの時間はわたしが思っているよりゆっくりと流れているのかもしれない。
重なってゆく毎日を縫い合わせるように、季節と時間を編むように生きている人だな、と思う。




那須くんが19歳になる。その事実を噛み締めるだけで、心のやわらかいところを四方八方からつままれているような不思議な感覚になる。うれしい。いとしい。なぜかちょっとさみしい。でもやっぱりうれしい。

18歳の那須くんはそれはそれはもう光り輝いていて、毎日が「あたらしい那須くん」に溢れている日々だった。テレビ、雑誌、YouTubeに島動画…那須くんを見ない日のほうが少なかったような気さえしてくる。


18歳の那須くん。
冬。髪を金色に染めて、ドラマに初出演した。ブリーチが痛かったと苦笑しながら嬉しそうに話す姿が愛おしかった。
春。高校を卒業し、大学に入学。最後の制服姿をわたしたちに見せてくれて、ブログにも卒業式の写真をあげてくれてその優しさが大好きだと思った。入学式用に憧れの人に買ってもらったスーツはどんな色味でどんな着心地かな、いつか見てみたいなあ。(欲深くてごめんね!)
夏。6人でドラマ主演を果たし、最中に単独コンサートもあった。真夏の少年最終回で、那須くん演じる柴山道史くんは「あなたの責任感には愛情がある」という言葉をもらっていた。道史くんにも、那須くんにもぴったりな言葉だなと思った。サマパラでは耳かけ那須くん!をひさしぶりに見られて那須担みんなで大喜びしたっけなあ…本当に楽しい時間ばかりで、「この夏が永遠に続けば良いのに」と願わずにはいられなかった。
秋。憧れの人の、憧れのグループの、バックについて踊った。大きな背中を見つめて嬉しそうに楽しそうに、口ずさみながら踊る那須くん。きっと色々思うことがあっただろう、那須くんの気持ちを想像することはできないけど、大事な大事な瞬間を見ることができてよかった。そしてドラマ出演!前向きに一生懸命お仕事を頑張る働き者の姿が毎話かわいくって仕方なかった。
時がたって、また冬。DREAM BOYSで大役の弟役を演じることに。歌もお芝居も驚くほど上手になっていて、「明るく活発、健気でかわいい弟のユウト」を全身で演じきっていた。わたしだってユウトにならいくつでも心臓あげたいよ〜!!なんて感情を飼い慣らすはめになった。


書けば書くほど、思い出が溢れてきて止まらない。18歳の那須くんがくれた宝物がたくさん、たくさんある。



思い返してみれば、テレビ雑誌動画諸々を見たときだけではなく、ふとした瞬間に那須くんを想うことが増えた。以前からそうだったけど、昨年からはとくに多くなったような。
那須くんがわたしの頭の片隅、生活の中にいつもいた。


たとえば。
昨年のわたしの大きな出来事といえばやっぱり就職活動なんですが…も〜しんど!やめたい!!無理!!とすべてを手放して逃げ出したい毎日をどうにか頑張れたのは、好きな人、那須くんの存在があったからで。

どんなに心配でも不安でも「大丈夫だよ」と重い荷物を肩からおろしてくれるような、「つらいときは休んで、また明日から一緒に頑張ろう!」と背中を押してくれるような、そんな優しさを持つ那須くんを想えばいつだって勇気をもらえたし、背筋を伸ばすことができた。すごく勝手で自分本位だけど、那須くんの存在がいつも糧になってわたしを支えた。

面接に向かう道、こわばって冷たくなった指先をじんわりとあたためてくれた魔法、サマステで披露した「このままもっと」。
不安に押しつぶされそうで眠れない夜、リラックスするために見てたくさん笑った美tube。
もう頑張れない、ってへこたれそうになったときなぞるように読み返した那須くんの言葉たち。



たくさんある、思い出す瞬間。いつのまにか勝手に救われていた瞬間。せわしない時の流れの中で、心の真ん中、かたくなっていた芯がやわらいでほっと息をつけるような、那須くんを思い出す時間。


時折、理想を押し付けてやいないか不安になる。自戒しておかなければならない。「絶対」も「ずっと」も、「永遠」もないということを。

わかっているんだけど、でも。
祈りたくなる。那須くんが心の真ん中にいてくれる日々を。願いたくなる。那須くんが落としてゆく一瞬のきらめきを拾い集めながら、光あふれる未来を見据えて線の上を歩くような毎日を。






19歳になったんだね。10代最後の一年、おとなのような、子供のような。
いつかもっと時間が経って那須くんが正真正銘の大人になって、わたしも歳をとったとき、思い出せるかなあ。19歳だった自分のことは鮮明に思い出せないけど。

18歳の那須くんを想い続けたこの一年間と同じように、思い出ひとつひとつが編み込まれた日々を縫い合わせるように、ほどけないようにしっかりと心に結んで留めて。19歳の那須くんがいた時間を折りに触れてまた思い出したい。あふれそうな想いをこぼしながらでも抱きかかえて進んでいきたい。
そんなことを願ってしまっています。



季節のうつろいと共にある思い出をひとつひとつの点とするなら、小さな点をブルーの糸で縫うような日々。
点は線になってつながり、その線が道標になる。編むように重ねた想いも一緒に連れて。



那須くんの歩いてゆく道が光と希望に溢れたものになりますように。どうかすこやかに過ごせますように。お誕生日おめでとうございます。
大好きです。


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君にはもっと、この先ずっと

本当はブログを書くつもりはなかったんだけど、日付が変わってからどんどん気持ちが溢れてきてしまって 16日の深夜から、夜公演帰りの電車でちまちまと書いたラブレターみたいなものです。



ありがたいことに、18歳になったばかりの那須くんの姿をこの目で見ることができました。帝劇に立つ那須くんは今日もとってもかっこよくて、当たり前にだいすきだったなあ〜。
そして、舞台の上でまっすぐ前を見据える那須くんを見て 17歳の那須くんはあまりにも綺麗だったけど、きっとそれは18歳になっても変わらないんだろうなあなどとぼんやり、漠然と思いました。

わたしが那須くんを知ったとき、那須くんはまだ16歳だった。そこからいろんなこと考えて考えて考えすぎて、応援しようと決めるまで一年近くもかかってしまったけど、17歳の那須くんをこの目で見なければ、その決意もできなかったかもしれないね。



那須くんはかっこいいしかわいいけど、綺麗や美しいという言葉がいちばん似合うと思う。
青いライトに照らされた那須くん、本当に綺麗だった。

涼やかでひんやり冷たくて、だけど決してあたたかくないというわけではなく ほっこりした空気を纏うひと。そして静かで透明で美しい。こんなに綺麗な男の子ってなかなかいない。少なくともわたしの世界ではそう。
容姿はさることながら、あの驚くほどの努力や、負けず嫌いな性格、心配になるほどの責任感。そんな人柄が内から滲んで身を固め彼自身を守っているような、そんな美しさを持っている。

那須くんには綺麗な世界で生きていてほしいし、わたしも那須くんに対して透明でまっすぐな 決してひび割れることのない固く美しい感情ばかりを抱いていたい。わたしは心が綺麗な人間ではないと思うし、今日もまたあれこれいろんなことを考えてあーなんでわたしはいつもこうなんだろう…とへこんだ。
でもいつかは那須くんみたいになりたい。憧れで尊敬している大好きな人みたいに。

いままでずっと、アイドルに対しての"尊敬"という気持ちを大事にしてきたつもりだけど 「この人みたいになりたい、なんならむしろこの人になりたい!」(笑)、なんて思うのはあんまりなかったなあ。本当に那須くんってすごいひとだ。出会えてよかった。
生まれてきてくれて、出会ってくれてありがとう。アイドルになってくれて、ありがとう。

この感情に終わりがあること、わたしは知っているけど。どうかいつまでも、ずっと、好きでいられたらいいな。


君にはもっと、この先ずっと 笑っていて欲しい。どうか幸せになってほしい。
そしてその幸せの中にわたしがいたらなあ、一緒に笑い合えたら、とか 愚かだとわかってるけど、密かに願っている。那須くん結婚してくれ〜〜!!!!(おばあちゃん、心の声ダダ漏れよ)





長々と失礼しました。

お誕生日おめでとう、那須くん。

18歳。たくさん笑って幸せで、朗らかで健康な日々を送れますように。那須くんの夢が叶いますように。だいすきだー!!